聖書のダイナミズムに学ぶ(3)

タイセンの立論の問題点

G・タイセンは、葛藤理論をイエス運動にあてはめると共 に、その後のヘレニズム社会における「原始キリスト教を分析するのは、宗教社会学的統合理論の方がより適切であると 思われる」とし、パウロに関しては、「イエス運動の倫理的急進主義は……パウロが創立した教会の中では生かされる余 地を持た」ず、「小アジアの都市国家タルソスの市民でもあ り、ローマ市民でもあった」パウロは、「急進的な神権政治の思想とは無縁であった」と言います。彼はそのパウロ研究 (”Legitimation und Lebensunterhalt:ein Beitrag zur Soziologie urchristlicher Missionare”、in:Studien zur Soziologie des Urchristenristentums、J.C.B.Mohr(Paul Siebeck)Tubingen,1979,S.201-230)で、次のようなテーゼをたてます。

「原始キリスト教遍歴 説教者には、遍歴霊能者と教会組織者に区別されうる二つのタイプがあった。その場合の決定的相違点は、生活の資の間 題に対する異なる態度である。第一のタイプは、パレスチナ 地方という社会的条件下に成立し、第二のものは、パウ口と バルナバに代表される、ヘレニズム世界へと宣教が移行して いく過程で成立した。両タイプは併存して活動するが、たと えばコリントでは衝突する。」

したがって、彼によれぱ、教会から生活の資を受ける「被扶養権」をパウロがコリントで拒否することを根拠に、パウロは、「根こぎ運動」ではなく、ユダヤ教から分離したグル ープを結成する「教会組織者」の典型であるということにな ります。両者の相違は、社会要因の変化に依るとし、その分析を 行ないますが、問題なしとしません。

たとえぱ、社会政治的要因に 関して、遍歴霊能者の神の国宣教がパウロにほとんど見られ ず、むしろローマ書13章1節以下のような、帝国内で補完的 に働く発言が見られることをもって、 パウロの統合的側面を 強調しますが、パウロの新しい言語活動である神の義論や13章1節以下の文学様式を無視した、一方的断定であります。社会経済的要因に関しては、「漁師。ヘテロは余儀なく被扶養権を受 けたが、手職人パウロはそれを拒否することができる」と主 張しますが、遍歴霊能者の被扶養権問題とこのことを経済的要 因として結びつけるのは無理があります。

そもそも被扶養権に対する態度を「二つのタイプ」の分岐点とするのはあたらないのです。なぜなら、この態度の相違は、パウロとコリントにおける彼の論敵の間のものであり、またその論敵はタイセンの言う「遍歴霊能者」であった可能性は薄いからです。

このことは、社会文化的要因に関して、犬儒学派的遍歴説教者の特徴をパウロも持っていると主張されていることから、逆に証明されます。パレスチナの放浪のラディカリストとヘレニズム世界の遍歴説教者は、元来無関係であったと考えるべきなのです。

このように見てくると、葛藤理論を排他的にイエス運動に適用し、パウロとバルナバを一緒にして、その後のヘレニズム世界のキリスト教を統合理論で説明するタイセンの立論には問題があることがわかります。